「生体リズムにおける周期的遺伝子発現機構と疾病」

京都大学大学院薬学研究科
医薬創成情報科学講座
システムバイオロジー分野
岡村 均

 リズム発振機構は地球上の生物すべてで共通で、時計遺伝子が転写・翻訳後産生された時計蛋白質が、自分自身の転写制御を抑制するというオートフィードバックループである。哺乳類の発振の中心となる振動子は、Per1とPer2の2つであり、これらの転写活性が24時間周期で変動することにより時計細胞活動のリズムが起こる。これらに関与するのは、転写制御機構、時計蛋白質の核内・核外へのシャトリングおよび分解機構がある。この細胞レベルのリズムは互いに干渉し合う。脳時計のある視交叉上核の細胞一個一個で時刻が刻まれ、何千個の細胞時計のリズムが統合され、強い安定したリズムを形成する。我々の体では、視交叉上核というシステム時計が数兆個にもおよぶ個々の細胞時計を統括するという壮大な「階層的時計機構」によって「時間」が管理されている。時計遺伝子から細胞時計を経て生体リズムに至る過程は、ゲノム情報がどのような過程を経て個体の機能として発現されるのかを知るモデル系としても価値が高い。
 個体レベルのリズムの統合とは、どんな風に行われるのであろうか?光は、網膜の光受容細胞を興奮させ、神経節ニューロンを発火させ、その末端からグルタミン酸を自律的に時を刻んで知る脳時計を構成する細胞に浴びせかけ、体内時計を外界の「時」に調律する。視交叉上核で調律された時は、神経系の特性を生かし、神経ルートで出力される。これには、中枢ならびに末梢の交感神経系が関与している。副腎にいたる交感神経の興奮は、副腎皮質で、糖質コルチコイドに変換される。このステロイドホルモンは、末梢細胞の受容体と結合し、核内に入り、mPer1の誘導を起こし、全身の末梢細胞の時計を調律する。かくして、全身の細胞時計も外界のリズムと共鳴する。
 生体リズムは地球生物の進化の過程で保存され、広範な疾患のベースとなる可能性も徐々に明らかにされている。最近の、時計遺伝子の研究の進展により、従来から知られていた、睡眠・覚醒やホルモン分泌だけでなく、脂質代謝、細胞分裂や骨形成の24時間リズムを司っている遺伝子が時計遺伝子によってコントロールされていることが解明された。これに伴い、メタボリックシンドロームやガンや骨粗鬆症など近年増加が著しい疾患も、体内時計と深くかかわっていることが遺伝子レベルで明らかとなってきており、疾患の新しい治療法を示すものとして注目されている。