「薬物動態制御因子の薬理ゲノミクスと個別化薬物療法」
(Pharmacogenomics of Pharmacokinetic Factors and their Applications to Personalized Phamacotherapy)

京都大学医学部附属病院薬剤部
乾 賢一

 個々の患者背景や病状を考慮した最も効果的で副作用の少ないテーラーメイド医療が、臨床現場で求められており、その実現のためには薬物応答の個体差を生み出す諸因子の探索と臨床的意義との関連解析が必要である。ゲノム科学の進展によって、薬効・薬物動態関連遺伝子の多型情報や発現情報が収集可能になってきているが、それらのin vivo での機能や臨床効果に及ぼす影響については未だ充分に解明されていない。また、薬物動態制御因子の中には、生理的にその重要性が示唆されているものの、遺伝子が未単離であるものも残されており、早急な分子同定と解析が緊要課題とされている。このような背景のもと、我々は薬物動態制御因子(特に薬物トランスポータ遺伝子)の薬理ゲノミクスと個別化薬物療法への応用に取り組んだ。

1) 薬物トランスポータの多型・発現・機能解析
 薬物体内動態の個体差の要因として、体内動態制御因子の質的・量的変動が考えられる。質的変動としてコーディング領域のSNP (cSNP) を、また量的変動として各臓器におけるmRNA発現量を指標とし、術時検体等(n=約100)を用いて消化管、腎臓および肝臓における種々薬物トランスポータ(PEPT, OATP, OCT/OCTN/OAT/URAT, MATE, ABCトランスポータ) の解析を行った。cSNP解析では、輸送機能に影響を及ぼす多型を数種類同定できたが、頻度は低く、薬物体内動態の個体差を説明するには充分でないと考えられた。一方、発現量には10〜100倍程度のばらつきが認められ、アニオン性抗生物質セファゾリンの腎排泄速度は、腎臓の血管側側底膜に発現する有機アニオントランスポータOAT3の発現量と良い相関を示した。また長年分子実体が不明であった、腎臓の近位尿細管上皮細胞の刷子縁膜に局在するH+/有機カチオンアンチポータ(MATE1、MATE2-K)の遺伝子クローニングを行い、機能、発現、局在、発現調節などの分子特性を明らかにした。

2) 薬物動態制御因子のゲノム・発現情報に基づいた個別化免疫抑制療法の確立
 移植医療に必須の免疫抑制剤タクロリムスは、バイオアベイラビリティが低く、個体間・個体内変動が大きいため、投与設計の難しい薬物である。タクロリムスは、小腸や肝臓に発現する代謝酵素CYP3AやP-糖タンパク質(MDR1)を介して代謝・排泄される。従ってこれらタンパク質は患者の免疫抑制療法に対する感受性(有効性や毒性)に深く関わることが想定されるが、個体間・個体内変動の分子機序を含め不明の点が多かった。そこで、生体肝移植患者の小腸、肝臓、抹消血を試料として、種々薬物動態制御因子の発現・多型情報とタクロリムスの血中濃度推移との比較を行った。その結果、小腸MDR1 mRNA発現量とタクロリムス血中濃度/投与量(C/D)比が良好な逆相関を示し、術時小腸MDR1 mRNAレベルがタクロリムス初期用量設定のための有用な指標となることが判明した。また、術時の移植肝/患者体重比(GRWR)も重要な影響因子であることが分かった。さらに、薬効の面から小腸MDR1 mRNA発現量と急性拒絶反応との関係を調べたところ、小腸MDR1 mRNA発現量は急性拒絶反応予測マーカーであるのみならず、予後予測にも有用なバイオマーカーであることが明らかになった。さらに、スプライシング異常を引き起こし、活性タンパク質の欠失を引き起こすCYP3A5*3の遺伝子多型は、術後経過に伴ったタクロリムスの用量設定に有効であることが示唆された。

 現在、本COEプログラムで得られた成果を臨床現場にフィードバックし、個別化免疫抑制療法を実践している。今後も、ゲノム科学を基盤にした個別化薬物療法の有用性を、臨床現場から発信していきたい。

COEプログラムの成果として代表的業績
(1)Masuda et al., Clin. Pharmacol. Ther., 75: 352-361, 2004
(2)Goto et al., Pharmacogenetics, 14: 471-478, 2004
(3)Terada et al., Biochem. Pharmacol., 70: 1756-1763, 2005
(4)Sakurai et al., Pharm. Res., 22: 2016-2022, 2005
(5)Masuda et al., Clin. Pharmacol. Ther., 79: 90-102, 2006
(6)Uesugi et al., Pharmacogenet. Genomics, 16: 119-127, 2006
(7)Fukudo et al., Clin. Pharmacol. Ther., 80: 331-345, 2006
(8)Masuda et al., J. Am. Soc. Nephrol., 17: 2127-2135, 2006
(9)Masuda and Inui, Pharmacol. Ther., 112: 184-198, 2006 [Review]
(10)Terada and Inui, Biochem. Pharmacol., 73: 440-449, 2007 [Review]